I GOTTA BE A MAN

更新遅れてスイマセン。金曜日担当のippeiです。昨日のGOOD AT TOKYO新年会は、多いに盛り上がりました。開催したお店は、原宿の「さくら亭」。
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みんなでワイワイできるところがいいな〜と思っていたので、ここのお店に。12月から仲間になったyoppy、1月からのyotaも参加する初めての会ということで、自己紹介からはじまり、しごとからプライベートな話まで。
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GOOD AT TOKYO(以下GAT)のメンバーは同世代ってくくりなだけで、元は共通の友人もあまり多くないメンバーがほとんど。GATの活動以外で会うこともほとんどないので、なんでもざっくばらんに話せました。

みんなも言っていたけど、地元に帰ってきた感じ。久しぶりになにも考えずに思ったことを素直にぶっちゃけて話して、それを受け入れてくれる仲間がいて、酔っぱらいましたね。

その中でも、一番盛り上がったのは「恋愛」の話!笑
3時間近く食べて飲んだうちの2時間が恋愛話だった気が。。。
という訳で、僕も始めます。今週のテーマ

「結婚適齢期?な私たちが
『結婚』について思うこと」

大学生3~4年目くらいでは、中学時代の友達が。社会人に入ると、高校、大学で一緒だった友達が結婚。近頃も、仲のよかった友達や昔から好きだったあの子ももう結婚か〜なんて、しみじみしてます。

そういう周りで自分に関わってくれている人達の結婚話を聞くと、さて、自分は誰と結婚したいのだろうかと考える!考えてみた。
自分はどんな女性に魅力を感じるのか。3つ程ありました。
—–
・「女性であることに磨きをかけている人
➡オシャレをしたり美容に気を遣ったり、自分の容姿を大切にしている人。かわいい女性の笑顔が見たい!がために頑張っちゃうのは男の本能だと思う。

・「向上心があって、一生懸命な人
➡無垢にまっすぐに物事に取り組む人は、それだけで美しい。

・「自分の意見を持っている人
➡あなたに合わせるわ〜って人より、自己主張(あれが食べたい!あそこに行きたい!等)がある人といると楽しい。
—–
 
その魅力を感じる女性の中から、さらに一緒にいたいな〜って思う人はこんな人。2つ程ありました。
—–
・「所作や言葉遣いが美しい人
➡汚い言葉を使わない。外食時にお店の人にお礼を言う等、一緒にいて居心地がいい人ともっと一緒にいたい。

・「趣味や価値観が合う人
➡まあ、もっと会いたいかどうかって、これすごく大切な気がする。無理して相手の趣味に合わせる必要はないけれど、価値観が同じであれば、新たな発見として受け入れられると思う。
—–

その人のことを知って行く過程で、お互い「楽しさ」だけじゃない「尊敬」できる関係になれたなら、僕は告白して、「彼女」になってください!と言うのだと思う。
 
 
そして(ここからが本題なのだけれど)、僕の中では、「異性の友達」と「彼女」ってカテゴリでは近くて、「結婚相手」は違う気がしている。

もちろん、「異性の友達」から「彼女」になって「結婚相手」になる流れもあるとは思うけど、この人と結婚したい!って思う女性が現れたら「彼女」って境界線を越えてでも「友達」から「結婚相手」というポジションになることもあるということ。

じゃあ、どんな人と結婚したいのかと言うと、無理矢理一言で言うとこんな人かも。
その女性の夢や目標と人間性(何を良いと思い、何を悪いと感じるか、その人の育ちや教育環境等から生じる言動等)と自分のそれとがお互いの人生にとって良い影響を与え、一緒に高め合っていきたいなと思う人

もちろん多くの時間を共有することで、「彼女」から「結婚相手」になることも往々にしてあるとは思う。だけど、「彼女」が努力したから「結婚相手」になれるのかと言うと一概にそういう訳ではなくて、「結婚相手」にしたい人っていうのは、ある程度男の人の中では決まっていて、あとは然るべき「タイミング」で、そのような女性が現れるか、引き寄せることができるか、口説くポジションにいるのかというところが男としては大切な気がしています。

僕は、将来結婚する人には、自分のやりたいことをやってもらいたい。もちろん子どもが生まれて小さいときは、「専業主婦」になる時期も必要かもしれないけれど、基本的には、お互い自分の夢や目標に向かって、働いて、共に助け合えるような「家族」になりたい。

とかとか、自分なりに結婚に関して振り返ってみて、それっぽいことを言って、言葉にしてみたけれど、最終的にはfeeling。この人と一緒にいたい。って感じた人と結婚したい。それは、付き合ってみないと分からないかもしれないし、一目見て感じることがあるかもしれないし、その時になってみないと分からない。でもそれは、「本能」ってものだと自分では思ってる。

ちなみに結婚式は、お互い(新郎新婦)の友人が交流して、楽しめるような会をやりたい。自分たちが主役の結婚式よりも来てくれた友人達が主役の結婚式。お互いの友人を紹介して、もっと気軽に声をかけやすくなるような会にしたいな。

もっぱら、最近毎日聴いているのは、MAROON5の「Sugar」

Adamが格好良すぎ。みんなが踊りだしちゃうようなこんな結婚式HAPPYで最高!

When I’m without you
I’m something weak
You got me begging, begging
I’m on my knees

結婚したい人がいるのなら、膝まづいてでも逃しちゃいけない時ってあるのだと思う。


築30年家賃25,000円木造アパートで生活した2年間

今週のテーマは、先週新メンバーに加わったyotaリクエストにより「忘れられない旅の思い出」。学生時代にヨーロッパ一周をした彼らしいテーマですね。僕もまだyotaの旅の話を全て聞けてる訳ではないので、どんな話が聞けるのか今から楽しみです!GOOD AT TOKYO(以下GAT)メンバーでもあまり、旅の話はしたことがなかったので、どんなことを書くのか予想がつかず、ドキドキです。笑という訳で、早速、僕もはじめちゃいます。

忘れられない旅の思い出

なんですけど、しょっぱなからスイマセン!実は、思い出ありません。というか旅をしたことがありません。。。笑
これじゃ、らちがあかないので、「旅」ってWikipediaで調べてみると

旅とは、住む土地を離れて、一時他の場所へゆくことである

そして、気になりはじめた「旅」と「旅行」の違いについても調べ始めました。
旅と旅行の違い・・
人はなぜ旅に出るのか
糸井さんもほぼ日の中で教授達と議論していたみたいですね。

他にもいろんなサイトを見て、「旅」にイメージされる傾向をまとめてみると、「目的地が決まっていない、その道中。自分自身と向き合い、自分で創っていくこともできる。」みたいなことだと再認識できました。

ふむふむ。いま、僕は26歳。大学を卒業して、社会人となり3年目。働き始めると、なかなか「旅」をする時間って少ないことに気がつきました。いつも毎月どこかの週末を利用して、那須や鎌倉や「小旅行」に行くことは増えたけれど、「旅」とまで言える機会ではない。そう考えると、大学生や会社を辞めたタイミング等まとまった休みがとることのできる、社会的にどこにも「所属」していない状態の時に、「旅」をしやすいのかななんて考えたり。

自分の大学時代を振り返ってみる。アルバイト3つ(夜は焼肉屋さんのホール、昼はカフェのランチタイムのホール、朝はTV局のカメラマンのアシスタント)を掛け持ちしながら、サークル3つ(週2日のテニスサークルの副幹事、月1回8サークル合同飲み会の代表、大学4年時に立ち上げたフリーペーパーの代表)をやっていたので、「旅」だなんてしたこと無かった。する時間が正直なかった。福岡以外に足を伸ばしたと言えば、毎年サークルの旅行で九州各県に遊びに行ったくらい。

「旅」とはほど遠い。でもね、いつも思うことがある。「旅」をしたことがある人と話している時、よく共鳴することがあるということ。僕の周りにも海外に「旅」をしたことがある人は少なからずいるんだけれど、その人達と話す時、根本的な歩調や考え方がどうも合うような気がしている(僕の思い過ごしかもしれないけれど。)。その理由について考えてみた。そして、分かった。僕も旅をしていたんだ。

大学3年から自分一人で生計を立てて、生活してきた2年間

これこそが僕の旅の思い出。前回のテーマ「20歳の時なにしてた?」でも書いていた通り、僕は毎日飲み歩く典型的な「ザ・大学生」のような生活をしていた。転機になったのは、大学3年の4月。一人暮らしを始めたこと。実家が引っ越すことになり(本当は自分も学校を辞めて、引っ越す予定だったのだけれど)、「仕送り無し」という約束で大学に残ることができ、家を借り、生活が始まった。

無論、今まで実家で親に頼りっぱなしの生活をしていた自分。そんな自分が決断した理由。既に大学の友人もたくさんできていたし、サークルで言えば、役職も決まっていた。自分がやりたい!といって、所属していた団体の代表も決まっていた。そんな仲間を裏切って、学校をやめることなんてできない。という思い。そして、友達といる時間が本当に楽しかった!これが僕が一人暮らしをはじめた理由だ。
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大学3年生になるまで遊びほうけていたので、貯金は0。住む家の基準は「家賃の安さ」。家の目の前には神社。オートロック無し。風呂とトイレ一緒(しかも、ザ・昭和感溢れる全面ダッサい水色のタイル。)という大学3年の僕よりも5年近く年上の2階建ての木造アパートに自動的に決まった。「コーポ○○」って名前の家。

なんとか住む家は決まったけれど、昔から家電の三種の神器と呼ばれるテレビ、洗濯機、冷蔵庫も持っていない。その当時、サークルの同期の仲間と飲み専用の家として(どんな学生生活だよ!笑)、学校の近くに部屋を借りていたのだけれど、経済的に厳しくなって、更新しないことが決まっていた。そんなタイミングだったので、三種の神器は譲り受けることができた。その家電達も元々リサイクルショップを歩き回って見つけたものなので、最低限の働きをしてくれるくらいのモノ。

そんな仲間達に支えられ、ようやく一人暮らしをスタートすることができたが、これからが勝負!ざっと家賃から光熱費、携帯代等固定でかかるお金だけで月10万円はマスト経費。大学3年でサークルを引っ張る立場だったので、月5万円くらい(主に交際費! 運営費、飲み会代等。こんな時にやってる場合じゃないだろ!って感じですよね。笑)サークルにかかることが決まっていたので、3つのアルバイトを掛け持ちしていた。

お金を稼ぐ方法として、新聞配達のように、どこかに1つの場所で住み込みで働くという方法もあるとは思うが、それをしなかった。その当時から、いろんなことに興味があったので、せっかく働くなら、いろんなことを経験したかったから。夜は30~40代の会社員やアパレル店員がよく訪れる焼肉屋さん。昼は20代のOLさんや大学生が食べにくるカフェ。朝は、福岡の朝の情報番組の天気予報のコーナーのカメラマンのアシスタントで働いていた。

学業とサークル、アルバイトの両立

とにかく夢中で駆け抜けた一人暮らしを始めてからの大学2年間。日々、迷い、悩み、泣き、笑い。目的地なんかなかった。どこに辿りつくかも分からない。目の前の友達と一緒に生きること。将来、なにがしたいのか、どんな人になりたいのか。ヒマがあれば本を読みあさり、自分自身と問答の日々。本の中に出てくる経営者の稲盛さんや松下さん等いろんな人のエピソードに支えられていた。

大学3年で一人暮らしをはじめて、一人で家賃から光熱費から携帯代まで生計を立てて、親や家族の有り難さを心の底から感じた。先の見えない(結構、楽観的なので、これは、楽しい人生になるなって思っていたけど。笑)、まさに毎日、自分自身と向き合い、明日を創って行く「旅」のような時間だった。

当たり前のことなのかもしれないけれど、自分一人で稼ぎ、一人でちゃんと生活をすることって、すごく大切。どっか海外や、県外にも出る時間もお金もないけれど、いま目の前の環境からたくさん吸収した。お客さんが何を求めているのか。アルバイト先で社員はどんな動きをしているのか。大学の友達は、どんなことを考えているのか。そして、自分は、なにがしたいのかを。

僕から生まれるバイタリティやハングリー精神はこの時代に養われたものだと思う。

旅から学んだこと

世界各国を旅した友人や海外に留学して、自分自身と向き合った人達と話すこともあるんだけど、往々にして人に対する接し方、在り方とか共鳴することが多い。僕自身、マチュピチュも発展後発国のアジア、世界を引っ張るアメリカにも行ったことなんてないのに!もちろん、行った場所、見てる景色、出会った人は違うのかもしれないけれど、そこで感じ取ったことは似ているのかもしれないと思った。

大事なのは、そこからなにを学んだのか

言葉も環境も違う場所で一人、生活をすること。もちろん、僕は言葉も通じるし、仲間もいるし、海外等に一人で旅をして生きる環境とは比べ物にならないくらい、やさしい環境かもしれない。けれど、学校で学びながら、働き、友人、アルバイト先の先輩、近所のおばさん、学校の先生、いろんな人達に助けられて、ちゃんと生活して行くことは、ジャングルで、旅でした。でも、周りの人達がいつも優しく笑ってくれていたので、頑張れた。

昨年、小藪さんがアメトークで話題になった「基本、夢なんか叶わへん
これは、まさに正論だと思っている。でも、自分自身、大半の人が経験している、親から仕送りを送ってもらって、毎日飲み明かしながら大学生活を送るというオリに囲まれた生活を一足先に社会人になる前に卒業することになり、実際に毎日もがきながらなんとか楽しく生活できていた経験があるので、僕自身、「夢は叶う」と思っている。行動が伴えば。

築30年以上、家賃25,000円の木造アパート」は、僕にとっての「モアイ像」であり、「サクラダファミリア」である。
それほど、ガツンと自分自身に向き合わざるを得ないくらいの衝撃と価値観を変えてくれた場所です。

大学3年から一人で生活をした2年間で、自己中心的なプライドや見栄を捨てることができ、どうやったら周りの人と楽しい時間が過ごせるかを常に考える思考を手に入れることができました。

旅から学んだことは、人は一人では生きられないということ。そして、現実を直視し、行動すれば、夢は叶うということ。僕の夢は、好きな仲間達と毎日、笑って楽しく過ごすこと。

この「旅の思い出」を忘れずに、20代のうちに世界中を飛び回って、自分の目でいろんなものを見てみたいと思っています。


驚くほどピュアでまっすぐなあなたへ

「成人式って、やっぱり中学校のメンバーで集まるとかいな?」
「友達の中学校では、ホテルの宴会場貸し切って、同窓会やります!って招待状が夏休みくらいに届いたみたいよ〜。」
「え、そうと?私たちの中学校では誰が同窓会取り仕切ると〜?当時の学級委員やったっけ?そろそろ始めんとヤバくない?」
「もう、10月だし、あと3ヶ月切っとるけんねー。誰かに幹事お願いして、同窓会やるなら急いで、声かけはじめんとね。先生も呼びたいよね〜!」
「そうやね、なんか話聞く限り、誰もうちの中学校動いてなさそうやし、おれ、幹事やるわ!その代わり、みんな協力してくれん?」

ガラケーを片手に、当時仲のよかった男女メンバーと夜な夜なメールを送り合っていた20歳、大学2年生の冬。

成人式の後に福岡の大名のBarで開催された中学校の同窓会では、幹事を務め、同じ学年の仲間、先生含め、計80人で久しぶりの再会に花を咲かせてました。

いよいよ今週の月曜日、明後日に迫った成人式。振り返ると、ippeiは相も変わらず、イベントをやってたんですね。我ながら恥ずかしくなりました。笑
あれからはや、6年!(月日が経つのは早い!)あのとき、おれってなにを考えてたっけな。大学2年のときって、キャンパスライフにも慣れてきて、なにか新たにはじめてみたいけど、なにしたらいいだろう〜って、なんだかモラトリアムな時期だった気がする。あれから少しは成長できてるのかなあ、ippei。

GOOD AT TOKYOのメンバーは、どんなことして過ごしてたのかな。ってことも気になあるなあ。地域や大学が違えば、やってることも全然違いそうだし。今週は成人式を控えている事もあり、このテーマでお送りします。成人式をきっかけに僕らの20歳の時を振り返ってみましょうか。

「20歳のとき、なにしてた?」

20歳。大学2年生。なにしてたっけかな。思い返すと、入学早々に同じクラスの一目惚れした女の子に告白するも、願い叶わず、傷心状態だった大学1年時からようやく立ち直った時期だった気がする。わ、若いな(笑)。とにかく大学生活のほぼ全部を占めていたのは、入っていたテニスサークルでの出来事。先輩達が、失恋で傷心した自分をいつもいじって、笑いに変えてくれていた。

高校が男子校で、サッカーと勉強に明け暮れた毎日を送っていた。女性と会う事がほとんど無かったたせいか、女の子を前にするといつもどもってしまったり、気になる子がいると影に隠れて出会わないようにしたりと、なかなか女の子とのコミュニケーションが苦手な男の子でした。そんな自分を楽しいキャンパスライフにしてくれていたのは、サークルの先輩達。サークルの毎日は、ざっとこんな感じ。

 

 

3時限目の授業が15時に終わり、みんなで溜まり場に集まって、先輩達の車とバイクで近くのテニスコートに直行。テニスは、がちな感じでは一切なく、チームを決めて、男女のミックスで打ち合う和気あいあいとした、ザ・テニスサークルといったそんな感じ。(多分、みなさんのイメージ通りです。)

テニスで2時間軽く汗を流したあとは、6班位に分かれて、みんなでご飯。じゃんけんをして、勝った人から好きなお店に行くことができるので、みんな必死。ご飯を食べた後は、ゲーセンでプリクラを撮りに行って、変顔で盛り上がる。学校に戻ると夜は20時。みんなで輪になり、即興でコントをやったり、今日の感想を話したりして、一本締め!これで終わり!!!!

な筈は到底無く、ボウリング班、ダーツ班、ビリヤード班、カフェでまったり班、DVD鑑賞班等5班くらいに分かれて、また遊びが始まる。夜は終わらない。未成年は帰った23時頃、各々の班で全力で遊んで帰った来た輩が学校に集まってくる。

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そう、今から飲み会が始まるのだ。そして、お店ではゲームをしながらの飲み会。みんな酔っぱらって、目が覚めると、先輩の家で翌日朝10時頃起床。「とりあえず、友達に出欠シートの提出だけお願いしといたわ。今日は3限だけ出て、バイトだな。」とかむにゃむにゃ言いながら、二日酔いを覚ますためにコンビニで水を購入し、サークルの先輩達と溜まり場に向かい、3限が始まるまで大富豪で盛り上がる。

 

 

そんな楽しいサークル生活にも慣れて来て、このままでいいのだろうかと思い、今度こそ自分の好きになった人を振り向かせられるくらい魅力的な人になろう!と決意し、アルバイトも本格的に励み始めたのが20歳辺りでした。

もっと初対面の人ともフランクに仲良く話せるようになりたいなと思い、当時、大学生に人気で、福岡では一番カジュアルな接客だと思っていた焼肉屋さんでバイトを開始。もっといろんな事を知っていて、実際に行動に移せるような魅力的な人になりたいと思って、大学1年時から始めていたTV局のカメラマンのアシスタントのアルバイトも積極的に働くようになりました。

主な担当は、朝のニュース番組の屋外での天気予報のコーナーのアシスタント。そこでは、TV番組に出演している一流の芸能人の方々に会ったり、最新スポットに取材に行ったり、勤務時間は4時から8時頃までと朝は、ちょっぴり早いけれど、ワクワクして、毎日楽しい時間を過ごせるようになってきました。カッコいいしごともしたい!と思って、福岡の大名のカフェで黒シャツにサロンをまいて、休日のランチタイムに、おしゃれにホールで働き始めたのもこの時期。

結果的に、一目惚れしたあの子のハートを射抜く事はできなかったけれど、失恋から立ち直って、自分磨きに邁進していた時期でした。青春ってやつですね。

好きなあの子を振り向かせたい!

マーク・ザッカーバーグが描かれている映画「ソーシャル・ネットワーク」でも、彼女を振り向かせたい!そんな思いで主人公がFacebookを立ち上げました。昔も今も世界を動かすのは、そんなピュアな動機なのかもしれません。
20歳から6年。自分自身、根本はなにも変わっていないなあっていうのと、いろんな経験をしてきたことで、当時みたいに、自分を見失って、周りに迷惑をかけることは、少しずつなく少なくなってきた気がします。これが、大人になるということなのかな。

20歳のippeiへ。

女の子とまともに話す事もできなかったあなたは、大学生活で泣いたり笑ったり、いろんな経験をしたことで、それを克服し、いま、女性が多く働くファッション業界で好きなしごとをして、毎日楽しく働くことができています。これも当時、いつも近くで支えてくれた友達のおかげですね。これからもイベントを企画したりして、その仲間達が喜んでくれたらいいですね。そういえば、大学の卒業文集では、一言「夢中に生きる」って書いていましたよ。あなたは、挫折や失敗をしてもそれを乗り越えてきました。何事にも好奇心を持って、挑戦して、毎日ワクワクしながら過ごす事が20代では大切なのかもしれません。くれぐれも飲み過ぎには注意してくださいね!
PS:12年後の32歳は、どんな人生を送っていると思いますか?


勝ち切る2015

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あけましておめでとうございます!
年末からの5連勤で昨日、しごと納めを迎えましたippeiです。1日からはじまった冬SALEの最初の2日間をなんとか乗り切れてよかった〜。EC業界ではトレンドになりつつある「即日配送」。朝注文したら、その日の夜には届く(24時間以内には届きますよ〜)っていう夢のようなサービス。

いやー、便利な時代になりましたよね。毎日、仕事で忙しくて買い物に行くヒマがない人でも、金曜のランチタイムにポチッって注文したら、早くて土曜の昼には届いて、昼過ぎからのデートとかに使えるんですから。

ほんとすげーなって思うんですけど、翌日には商品が届くっていう当たり前のサービスも本当にいろんな人の協力があって、成り立っているんですよね。と、ファションEC業界の倉庫で働く身として、しみじみ。どんな商品がみんな好きかなあって考えて、仕入れを決める人。実際に、仕入れた商品の数を数える人、商品をカッコよく撮影する人、カッコよくサイト上で表現する人、注文が入った商品をピックする人、そして、発送する人、届ける人。

一人の商品を届けるのに、何十人、何百人それ以上の人が関わって、それも寸分の狂いも無く、みんなが動いたからこそ、商品はお客様のイマココにある。そんな当たり前のことを実感しながら、みんなの喜ぶサービスの当事者として日々、陣頭指揮をとって働けている環境にすごくすごくやりがいを感じています。素晴らしい環境で楽しく働けていることに、周りにただただ感謝です。

2014年の振り返り

2014年は、5月に、入社してから2年間担当した海外事業から物流倉庫に異動しました。しごとはとても刺激的で楽しかったのだけれど、自分自身の弱さや甘えから納得する働きができぬまま、異動のタイミングに。

もっとやりたいことあったのにやらなかった自分が悔しくて悔しくて、0からやり直そうと現場でのしごとを志願。将来は、メディアやイベント企画等みんながワクワクすることをしごとにしたいから、まずは自分を発信していこうと6月には自分のブログ「wannacome(ワナカム)」を立ち上げました。

立ち上げたものの、なかなか更新のモチベーションは続かず、ほぼ休止状態に。でも現場での倉庫業とは別に、社外の人と関わる機会を創りたい!と考えて、街に出かけたり、本を読んだり、人と会ったり、ヒントを探す日々。
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「一人じゃできないこともみんなで協力したらできるかも!」って自分のブログの反省を生かして、「GOOD AT TOKYO」の構想ができましたとさ。仲間に恵まれ、8月に立ち上げ。10月には100人以上が参加してくれたイベント「GOOD AT TOKYO OPENING PARTY」を開催。12月には尊敬する友人のイベント「VONEN!」にも呼ばれ、御陰様で今まで1万人以上の人が訪れるサイトになりました。公私ともに、停滞していた時期から、少しずつ行動に移して、チャンスの芽が出始めた1年間でした。
それでは、お待たせしました。笑今週のテーマをば、

2015年の抱負

それは、

勝ち切る2015

本業にGOOD AT TOKYOに、それ以外のプロジェクトに自分磨きに。せっかく種を蒔いて、少しずつ芽が出始めた2014の頑張りを無駄にせぬよう、自分の夢や目標に向かって、しっかり形あるものに昇華していきたいと思います。日々、自分と勝負して、納得できる一日一日を過ごすこと。自分に負けないこと。最後の最後まで諦めず、闘うこと。これこそが、結実できるかどうかの鍵になってくると思うので、自分に負けず、勝ち切る2015にします。

本業に関しては、目の前の100人の心を動かせる人になることが目標。日々100人以上の人達と一緒に作業を行うので、その人達が楽しく、やりがいを持って働けるような環境を創っていきたい。

GOOD AT TOKYOに関しては、「東京近郊で働く20代のイマ」が分かるメディアとして、2015年は、そのターゲットの人達みんなが知っているくらい影響力があって、役に立てる存在に確立させたい。そのために、サイトリニューアルはもちろん、リアルイベントも行っていきます!

それ以外のプロジェクトでは、携わっていることが表舞台でみんなの目に触れるような形でご報告できるよう頑張ります!自分磨きは、直近で言えば2月に「ロジスティクス管理3級」合格。3月に「TOEIC800点」達成。そして、カナダのトロントにいる可愛い従姉妹に会いに行くこと!

ん〜〜〜〜、もう考えるだけで、今年も楽しい1年になりそうです!
今日は正月に東京タワーとお寺が見たくなって、初詣に増上寺に行って来たのですが・・・
奇跡的に箱根駅伝のランナーに遭遇しました。笑
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頑張ってる姿を見て、もう〜、感動してしまいました。ippeiも歩みを止めるな!走り続けろ!と言われているようでした。夢中で頑張ってる人って、キラキラしていてかっこいいですよね!自分もなります。

増上寺は、徳川家康が出陣の際に戦勝を祈願して戦場に赴いたということで、勝運祈願でご利益があるみたいだし、箱根駅伝も見ることができたしで、縁起の良い初詣でした。

ちなみに、おみくじは「小吉」。健康と出会いに気をつけろのような内容が書いてありました。これからいろんなことをやっていくと、悪事を企む人も出て近づいて来る人もいると思うので、良心をしっかり持って、行動して行きます。最近は、運動できていないので、健康にも気を付けていきます。

ということで、未だに箱根駅伝の感動が収まらないippeiがお送りしました。明日からしごとはじめです。
今年もどうぞよろしくお願いします!!ぺこり。
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きみとGOOD AT TOKYO

おひさしぶりです、しばらく日曜を担当させて頂いていたkimixです。長らく日曜担当の更新が止まってしまってすみませんでした。みなさんお元気でしょうか。

9月頃からこれまで以上にお仕事が忙しくなってしまったと同時にもやもやと悩むことも多くなってしまい、11月の終わりまで少し身動きがとれなくなってしまっていました。GOOD AT TOKYOでせっかく日曜担当という役割を与えて頂けていたのに、全く更新もとれない状況で、本当にみんなに迷惑かけてしまってごめんなさい。どうしよう、どうしたらいいのかなぁ、と思っていたとき、GATのIPPEIが2014年も終わるので最後に日記を書いてみたらどうかと機会を与えてくれました。本当にありがとう。

何に悩んでいたのか、フリーランスとしてプロフェッショナルの端くれとして働いている私が書いたらカッコ悪いんだろうけど、ちょっぴり書いてみようと思います。

フリーランスって本当にひとりぼっちなんだなぁ、ってすごく感じていました。
なりたい自分になるために努力した結果、こころと身体のバランスがとれなくなってしまったみたいです。

フリーランスってさ、当たり前のことなんだけど、誰にも頼れないのね。失敗も許されないし、怒ってくれる上司もいなくって。何か少し怒られたら、それでお仕事は終了なんですね。

会社員でも失敗はダメだと思うけど、怒ってくれる上司がいて、相談できる同期・仲間がいて、作業だってオフィスで一人じゃない。怒られても、明日・数カ月後に出社するデスクはある。それってすごくすごく幸せなことなんですよね。ぽつんと仕事漬けの日々を送っていて、わたしひとりぼっちだなぁ…なんて、そんなことを考えてしまていました。

とても甘いことかもしれないけど、今の引き出しだけで生きていくことにすごく不安を感じていました。今も、とても不安。不安感を打ち消すためにお仕事たくさんやらなきゃ!っておもってお仕事を引き受けるようにしていたんだけど、気がつけばお家に1週間こもって1人で作業してて、友達と会う時間もないし、会話するのはお仕事先の人かコンビニの店員さんだけ。。という状況ももう普通になってきちゃって。

人として、心が死んでいくってこういうことなのかな、なんてぼんやり思っちゃったり。

それであるとき心がポッキリ折れてしまったのでした。
「あ、ひとりぼっちだ」と実感したときでした。

お仕事がたくさんたまっているのにGATを更新していることにも罪悪感があって、それをお仕事先の人にみられたら怒られるんじゃないかなって思い悩むこともありました。みんなと話すこと、日記を書くこと、みんなの日記を読むことは大好きだったのに、知らず知らずのうちに重荷になってしまったのかもしれません。

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12月の頭から徐々に復活をしてきて、不安に思っていたこの働き方も、いろんな人に相談した結果もう少しつづけようと思えるようになりました。

わたしは案外ひとりじゃなかったのかもしれません。
たくさん話をきいてくれる先輩やお友達がいて、同業者じゃないから頼っちゃいけないってわたしが勝手に線引していたみたいです。いつでも相談してね、と言ってくれるひとは周りにたくさんいました。

ただ、やっぱり独学でここまできてしまった、ということもあってフリーランスのお友達は全くいないし、先輩も師匠もいないしお仕事的な意味で頼れる方もいないのは変わりません。

2015年はきちんと修行をつむため、一度ちゃんと学校に通おうかなって考えています。

すこしずつ生活も、正していこうと、いろいろ変えています。

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GOOD AT TOKYOはおもしろい場所で全く知らないひとたちと交換日記ができて本当に楽しかったです。
途中でだめになっちゃったりいろいろと迷惑をかけてしまってごめんなさい。

日曜担当のkimixの日記はこれにておしまい。
でももっともっとGATが広がっていろんなひとが日記を書き綴ってくれることを楽しみにしています。

いつかまた会う日まで。
ありがとうございました。

(最後にこんな機会をくれて、IPPEIほんとありがとう)

kimix