明日、今日よりも好きになれる?

こんにちは。
だいすきなkimixさんのブログから「GOOD AT TOKYO」の存在を知りビビビ!な衝撃と、わくわくな好奇心で、あれよあれよ…しあわせなことに、今こうやって自分の想いをつづらせていただいております。光栄です。

ご挨拶

はじめまして。今週の木曜日ゲスト枠、ご挨拶が遅くなりましたが、1989年うまれ、25歳、♀、Hachiです。トーキョー(都内)で雑誌や書籍の編集ライターをやっています。雑誌はファッション、ネイル、一眼レフカメラ。書籍はカルチャーや料理本を中心に。いろんなことに挑戦させてくれる、自由で好奇心を刺激してくれる愉快な仕事です。

B型!といわれるA型、身長149センチ、この夏はたぬき蕎麦に心奪われ中、ああ蕎麦食べたい。眠る時間が惜しくて、できるなら永遠に起きていたい、お酒はビールが一番酔っぱらう。寒さとすっぱいものが苦手、たいしたことでなくても涙腺崩壊(映画の予告で泣ける)、心理学と読書がたまらなく好き、そんな私です。
よろしくどうぞ、お願いいたします。

――「地元」とは何だろな、と GOOD AT TOKYO

さてさて、今週のテーマは「地元」ですね。
私にとっての、地元とは何ぞや。九州男児の父と、九州女子の母が、高校1年生からつづいた恋のゆくすえに、3歳うえの姉と、私が生まれました。父の仕事の事情もあって、我が家はまさにザ・転勤族で、こまこまたくさん引越しをしたため 根付く人間関係も、その土地への執着もあまりなくて家族だけがずっとそばにいてくれる唯一のコミュニティでした。思春期になって、やっと大阪に落ち着いた(父が単身赴任になった)から、そこが私のやっとこさ手に入れた「地元」といえるのでしょうか。

大阪府吹田市。
芸術が爆発した岡本太郎氏の太陽の塔から徒歩10分の場所、そこがまさに私の「地元」です。たくさんの家と、豊かな緑と、ちいさなしあわせで溢れるベッドタウン。図書館と体育館とスターバックスと公園がすべて徒歩圏内という最高の立地に我が家があります。

「吹田から出たくないよぉー」
「結婚するなら吹田在住のひとがいいー」
なんてことを真剣に思っていたほど、大好きな街。

「地元」といえば、「昔からなじみのひとがいる場所」というイメージなのですが、昔から私のことをずっと知っているのは、よく考えたら家族だけなんですよね。わたしはずっと続いていく人間関係とか、友達関係を知らずに過ごしたから 人間関係を築くのにとてつもなく、とてつもなく、苦手意識があります。どんなコミュニティでも過ごしていける、周りの状況を分析する勘とスキルだけは身について、おかげさまで私は旅先の人力車のインド人とも、学校の清掃員のおばちゃんとも、タクシーのおっちゃんともとっても仲良しです。笑

いま私には、素敵なひとや出会いに恵まれて、私はひとが大好きで、大事なひともたくさんいます。ただ、人間って、悩みや弱み、だめなところをさらけ出しあうことで関係に深みがうまれるものだと思うのです。わたしは自分自身のことや、弱み、悩み、自分自身の考え方をさらけだすことが苦手で、「どこでもやっていける」という変な自信と、「周りになじまなきゃ」という変な自信のなさがどこかにずっと残っているような、そんな気がします。

そんなまま、すくすくおとなになって、今もそのまま25歳。変わらなきゃな、どうにかしなきゃな、と思いつつ、気づけばもういいオトナ。そんなわたしが見つけたのが、このGOOD AT TOKYO。自分のことを自分の知らない、近くの遠くの誰かに伝える、知ってもらう。身近なひとには言いにくい、言えない、恥ずかしい、思ってること考えを伝える。しかも同世代、しかも色んな場所で、色んなスタンスですごす人たちへ。

自分のことを上手に伝えられるひとになりたい、相手のことをくみ取れるひとになりたい、だめなところもいいところも、上手に両方ほどよく見せられる味のある人間になりたい。GOOD AT TOKYO、わたしに、大きな刺激と変化をもたらすことができるんじゃないかって思いました。そんなこんなでおかげさまさま、晴れてこの場所に思いをつづっている今です。

わたしと仕事

もうひとつ、話しておきたい、「わたし」と「仕事」の話。いまの仕事に就いたのは、今年の5月になってから。まだ入社して3か月の新人です。その前はカチコチの金融業界で事務職としてOLをしていて、大阪でぬくぬく実家暮らしをしていました。

小学生の頃の私は、学校で先生から「さくらの色をぬりましょう」と言われて青、赤、緑、黄、オレンジの5色の、ど派手な色でくっきり塗り上げ、先生にびっくりされ、母親が呼び出され。

漢字ドリルは、納得した字がなかなか書けなくて、家でひたすら毎晩日付けをこえるまで 書き直しまくって、ドリルは真っ黒になって、ボロボロ。

三角形の面積の求め方を習って、公式というものを与えられたけど「公式」がいう意味をまったく理解することができなくて、「ただ覚えたらいいのよ」という説明にも納得できず何度も尋ねて怒られ。

わたしは変にこだわりが強くて、やりたいことに没頭して、自分が思った水準までできないと我慢できない、そんな頑固さに恵まれて(?)生まれてきたようです。

そんな私が、なにひとつ変わらず、そのまますくすく育って、前の会社に入社。晴れて社会人に。そもそも金融業界にはいったのは、「金融業界にだけはいきたくない」と思っていたから。自分の苦手分野をひとつでも減らしたくて、まったく知識のない金融をマスターしてやりたくて。永遠につながっていたいと思える最高の同期に恵まれつつ、幸せな人間関係に恵まれつつ。それでも入社してからずっと、こころの違和感「この仕事でいいのかな」は消えませんでした。

同期200人が受けて「落ちる人はいない」といわれた、業界内取得必須の資格試験にたったひとり落っこちた前代未聞の大事件を巻き起こし、自分の仕事内容の理解度が配属直後と、配属1年後とまったく変わらず。自信とやる気だけみるみる失って、自分がなぜこの会社にいるのか、と日々もんもん。

なんで一生懸命できないんだろう、原因を分析して、行き着いた答えが、「自分がよしとすることしか、私は全力でできない」という、なんともわがままで子どもじみたものでした。

直属の上司から、特記して褒められたことは「スピーチ」と「文章力」と「感性」と「素直さ」。

実直さ、正確さをメインに評価される金融業界の会社のなかでよしとするもの、必要とするものと、私が自分で思うよいところ、提供できるもの、よしとするもの、みてほしいもの。マッチしていないな、と確信がもてたわたしは、すがすがしく退社を決断することができました。

紆余曲折しながらも、いまは撮影したり、取材したり、文字を書いたり、絵を書いたりの毎日。

徹夜なんてザラだし、先週はほとんど家に帰っていないし前の会社と比べたら、お給料だって半分ぐらい。12時間以上パソコンとにらめっこして、タイピングする姿勢で寝ちゃってるなんてアルアルで。お洋服もお化粧品も旅行もお休みも少し遠くにいっちゃったけど、それでも、まえの会社で働いていたときのように「つらい」って思うことはありません。

「絵がうまいね」
「字がきれいだね」
「いい企画だね」
「いい本だね」

私がみてほしい自分の「よいところ」「悪いところ」を、同じように「よいところ」「悪いところ」とみてくれる会社に、ひとに、環境に、身を置いているからでしょうか。

「17:30終業がしあわせ」
「ボーナス3ヶ月分がしあわせ」
「キレイなビルで働くのがしあわせ」

いろんなしあわせがあっていいし、いろんな働き方がありますよね。何事も、そのひとの自由、好きずき。みんなのしあわせと、自分のしあわせが、
少し違ったことを教えてくれた前職と現職。

友達、親、家、仕事、恋、貯金

大阪からの去り際はわんわん泣きながら、たくさんの愛と贈り物をもらいながら何度も不安になりながら、立ち止まりそうになりながら、それでもぜんぶぜんぶ大阪に置いてきてトーキョーでいちからまた始めて、今日で3ヶ月とちょっと経ちました。

いまは振り返ったり、立ち止まったりする勇気がなくて、まえだけ向いて日々を生きている感じです。「これでよかったのかな??」とか考えてる時間もないぐらいめまぐるしく毎日が充実しているから、やっぱりきっとこれでよかったんだと思っています。

トーキョーはまだまだ見知らぬ街で、それでもわたしはトーキョーがだいすきだし、ここで生きていくんだと思うし、だからトーキョーのことを一歩遠くから見つめているような、こういう視点をなくさず持ち続けていたいです。大阪が、友達が、家族が恋しい、という感情をずっと大事に忘れずにもっていたいです。そんな視点で、GOOD AT TOKYOをみていたいです。

でも、トーキョーで身に着けた新しい価値観、知識、考え、出会いも大事にしたい。イチから始めるトーキョーだから、びっくりするぐらいの自分なりの富と財産と収穫をかっさらっていきたい!

その私なりの富と財産が、ここGOOD AT TOKYOでもたくさん見つかりそうな気がしています。みなさんなりのしあわせは、みなさんの富は、財産はなんでしょうか。

「明日、今日よりも好きになれる」という歌詞のように、今日の私は、明日の自分がよりハッピーに、より好きになるような生き方を、そんな私を選んでいきたいです。

Hachiでした。