日本酒の話

初めて日本酒を美味しいと思った日のことを覚えている。場所は新宿の魚真。私は大学3年生だった。銘柄は記憶にないが、飲み口は癖がなくさらりとしていた気がする。暖かい色の照明の下、友人と向きあって新鮮なお刺身の盛り合わせをつつきながら、グラスを口元に運ぶ手が止まらなかった。

日本酒イコール、仕事帰りのおじさまが悩みを忘れるためにあおるやたらアルコールの強いお酒だろう、それか大学生が大手居酒屋チェーンの飲み放題で赤ワインと混ぜて記憶を飛ばして酔っ払うようなお酒だろう、などという私の固定観念はこの時くつがえされた。全国の日本酒を目の前に並べて平謝りしたいぐらい、美味しいお刺身と一緒にいただく日本酒は素晴らしかった。「酒と肴」を楽しむようになったのもこの夜がきっかけだったと思う。

それからというもの、特に日本酒に詳しいわけでもないのに、好きなお酒を問われれば間髪入れずに「日本酒!」と答えるようになった。そのかいあってか、日本酒をこよなく愛する人たちや、素敵な日本酒ばかりを揃えているお店や、そしてもちろんたくさんの美味しい日本酒と出会うことができた。あの魚真での夜から数年が経ち、相変わらず私は日本酒を好きでいる。むしろ愛情は募るばかり。一升瓶を抱きしめたい。

四ツ谷という町が日本酒の聖地である、と知ったのは大学4年生の時。訪れたのは、長野の日本酒を数多く取り揃えた日がさ雨がさだった。ここのプレミアム飲み放題は素晴らしく、20種以上ある日本酒を思う存分堪能できる。あまりに贅沢すぎて笑いが止まらない。はっはっは。日本酒以外のお酒も飲み放題になっているが、大抵行く時は日本酒しか飲まない。お料理も日本酒に合うものばかり。焼き味噌がとても好き。お箸の先にちょんと乗せて、いただく。最高にお酒が進む肴である。

四ツ谷には他にも日本酒を美味しくいただけるお店がたくさんあるのだけれど、そんなお店を巡れる特別なイベントが、8月に催される「大長野酒祭り」である。四ツ谷〜四谷三丁目のエリアにある20軒ほどの飲食店が店内を開放し、そこに長野からやってきた酒蔵のブースが設置される。イベントの参加者は、おちょこを片手に各店舗をまわり、数々の酒蔵の日本酒を飲み比べることができる。お酒のあては、それぞれの飲食店が用意する。肉料理、魚料理、蕎麦など、各店舗ごとに違った味を楽しめるのが良い。

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私は去年が初参加。途方もなく楽しかったので、今年ももちろん申し込んだ。開催日が発表されてから、イベント当日を心待ちにすること数ヶ月。ようやく8月3日がやってきた。日差しの照りつける、暑い暑い日。

お酒を置いている21店舗のうち、3人で15軒ほど回った。1店舗に複数の酒造がブースを出していることもあるので、日本酒をいただいた酒造の数は24ほど。大体の酒蔵が3種類のお酒を用意しているので、1人1種類いただいて、3人でおちょこを交換しながら3種を飲み比べた。6,000円で、食べ放題飲み放題。12:30から17:30まで、酒と肴を味わい尽くした。

数多く飲んだ中で、印象に残った日本酒を3種類紹介させていただきたい。私の好きな、甘みと酸味を備えたフルーティーな日本酒。

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酒千蔵野の川中島幻舞。3年ほど前に池袋の裏やで初めて飲んでから、とても気に入っているお酒。フルーティーで、くどくなく、無限に飲める気がする。おちょこではなく、水筒になみなみと注いでいただきたいぐらい。

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田中屋酒造店の水尾。日がさ雨がさの飲み放題で何度かいただいた。この日は、一番左の水尾を試飲。注いでくれたお兄さんに「メロンとバナナの香りがしますよ」と言われ、鼻を近づけると、漂ってきたのはまぎれもなくメロンとバナナの甘い香りで驚いた。なぜか一本取られたような、「やられたー!」という心持ちになった。水尾ってそれほど甘いイメージを持っていなかったのだけど、これは美味しかったなあ。甘みと酸味のバランスが絶妙。

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笑亀酒造の、笑亀 嘉根満。笑亀はこの日初めて出会ったお酒である。貴醸酒のような、どっしりと濃厚な甘み。夕食後、満腹になったところで、酸味の強いチーズなんかをつまみながらちびちびいただいてみたい。パワフルなので、つまみがなくてもいいぐらい。家に一本あったらいいな。

こうやって、自分好みのお酒に出会えたり、日を改めて訪れたいお店に出会えるのが、大長野酒祭りの素晴らしいところである。9月には、池袋にて酒ふくろう祭が開催されるので、これも非常に楽しみ。参加店舗の裏や、あまてらす、酒菜家は、学生時代の思い出がたっぷりでなんだか甘酸っぱい。最近行っていないな、池袋。日本酒を飲みに、ふらりと出かけたい。